ノーコードを戦略的に採用するには?

気温は東京・大阪よりずっと低い避暑地沖縄よりこんにちは、西島です。 (ただし、天気の良い日は日中出歩いたりしたら、紫外線で焦げますのでご注意下さいね!)

最近、バズワード扱いで「ノーコード」と言うキーワードが飛び交っていますね。2年以上前からノーコードでkintoneをカスタマイズ出来るサービスである gusuku Customine を開発・提供している弊社としては、説明が省けて何よりなのです。ただ、どうも一部に勘違いしている向きがあるようなので、自分が背筋を正す意味でも、ノーコードを戦略的に採用・非採用するための評価軸について整理しておきたいと思います。

そもそもノーコードとは?

ノーコードという概念はまだもやっとしていますが、2020年夏の現時点では

  • ソースコードを書かずに、アプリやWebサービス、もしくはプログラムを作れる技術のこと

という括り方が定説化しつつあるようです。この考え方には、「専門家(多くはプログラマ)がソースコードを自分で書いて何かを実現する」 vs 「専門家以外がソースコードを書かずに何かを実現する」という対立軸がそこにはあるようです。

「専門家か専門家以外か」… なるほど良いポイントですね、ここに注目して少し掘り下げてみたいと思います。

そのソースコード、価値はありますか?

私自身を含め、日々プログラミング言語を用いてプログラムを書いている人は、割と勘違いし易いと思うのですが、開発者が日々書いているソースコード自体には1ミリも価値はありません。

この例外となるのは、オープンソースのソースコードです。作者自らが定義したライセンスに基づき誰でも利用可能になっているオープンソースは、知的財産の塊とも言えるソースコードを世界中の誰でも活用可能です(オープンソースという概念に詳しくない方は、こちらのリンクをどうぞ)。

初学者が先人のテクニックや知恵を学習したり、その分野に慣れていない技術者が素早く要点を学んだり、不足分を補うソースコードを追加したり、そのソースコードを活用して新しいビジネスを展開したりと、オープンソースには公開されているソースコードそのものに、それだけでも絶大な価値があります(もちろん、役に立つソフトウェアであることは大前提ですが!)。

これ以外の、今日書かれたプログラムのソースコードやHTML、社内システムやWebサイト・iPhoneアプリ達のソースコード、はては鉄道や電力・水道料金を計算するシステムなどなどの、世の中を縁の下で支える大事なソースコード群ですら、ハードディスクやSSDの肥やし以上の意味はありません。

では、これらのソースコードはいつ価値を持つのでしょうか?

それは、そのソースコードがプログラムとして実行されて、誰かに何らかの価値を提供できたときです。

そのノーコードアプリ、価値はありますか?

対してノーコードで作られた何か、ここでは例えばWebサイトとしたいと思いますが、そのノーコードアプリはいつ価値を持つのでしょうか?

ここがノーコードの面白いところで、作られた瞬間から使われる運命にあるノーコードアプリは、もうその瞬間から価値を生んでるんですね。

生まれた瞬間から自分を含めた誰かの、何かの役に立ってる。これは凄いことです。

ただ・・・

「そんなこと言ったってノーコードのアプリなんてオモチャみたいな、ゴミアプリばっかりじゃないか」

はい、自分もビックリするほど感心したり、逆に正直時々そう感じるときもあります(笑)。

例えば GlideAdalo のサンプルを見たりすると、余計にそんな気分になってしまったりします。

しかし、それは完全に間違った発想なのです。

あるアプリが誰かにとって大きな価値を提供していれば、それはノーコードで素人が作ったアプリだろうが、専門家が作ったアプリだろうが、利用者には全く関係がないのです。

いまの「ノーコード」ブームに最も欠けている大事なポイントがここだと思います。言い換えると、誰に何を届けるかが重要であって、手段は関係ないということです。

この視点を軸にしておかないと、「ノーコードは決まりきったパターンしか出来ないから駄目だ」「プログラマにやらせたら時間がかかるから駄目だ」などという、本末転倒な判断が横行してしまいます。

もしあるものを作ろうと言った時に 「ノーコードのサービスを利用する」 or 「専門家に頼んで開発する」のがNGと判断するのなら、それ相応の判断基準を持って、利害関係者を納得させる必要があります(ボタンがダサいから却下、とかいう主観は駄目ですよ!)。

  • ノーコードの制約範囲を見極め、それが実現できないことで価値が失われるか?
  • 専門家に頼むことで、より良い成果物が得られるか?意思疎通に過不足はないか?
  • 運用を開始した半年後、1年後、3年後の風景をどのように見ているか?

このあたりを基準に判断してみてはいかがでしょうか。

ノーコード:選択肢が限られている場合の救世主

そうは言っても、いつでも最良の選択が出来るケースばかりが転がっている人生ではありません。

  • 「エンジニア/情シス/デザイナーが居ないから自分でやるしかない」
  • 「とにかく納期が短い」
  • 「開発者が面倒くさいと言って相手にしてくれない」

などなど、とても困った状況には、ノーコードのサービスは非常に有効です。ここでの価値は「何かが目に見えて動くまでの所要時間」だったり、「専門家が居ないケースでの開発・運用」であったりします。

弊社のような開発会社でも実際、「WordPressのメンテ、メンドクセ」と(わたしに)言われたデザイナーのくーら氏がWebサイトを Webflow に移した事例などがあります。これを言ったのはもちろん、冗談ですWordPressダイスキデス。

その背景や顛末などは、以下の記事に詳細が書かれていますので、ご興味がある方はご覧ください。

そういう場合、キントーン kintone は実際どうなの?

弊社のブログを読まれているかたの間では比較的知名度が高そうではありますが、サイボウズ社が提供している キントーン という弊社も力を入れているノーコードでWebアプリを作れるサービスがあります。事例などは本家サイトを見て頂ければ分かるので省略しますが、これは「情シスが居ない」もしくは「一人情シスでここのアプリは現場に任せたい」というようなニーズにフィットするノーコードのプラットフォームです。

エンジニア目線で「こんなのシステム開発とは言わない」「こんなの誰でも作れる」とうそぶいている人が散見されますが、これは上記に書いたとおり評価軸がおかしな考え方です。

日本でも大成功を収めていますが、最近発表されたGetAppのランキングでは、データーベース分野のカテゴリーリーダーと認定されるなど、米国でもますます評価が高まっています。

「kintoneが全ての面で最高!」とはもちろん言い難いですが、フィットするビジネスシーンは多いですし、もしこのようなツールが未体験の組織のかたであれば、一度試して見る価値は大いにあるサービスだと思います。

我々のようなkintoneの専門家がヒアリングをしてアプリを作ると、ものの1時間で課題を解決できるアプリを作成できたりしますが、流石に同じようなものをスクラッチから「1日で作って」と言われると、エンジニアは泣いちゃうと思います(もしくは鼻で笑って取り合わない)。

プログラマ:専門家もずっと進化しています

こう書くと、プログラマやデザイナーがモノを素早く作れないのか、と勘違いされる方が居るかもしれませんので補足しておきますと、我々エンジニア(プログラマ/コーダー、呼び方は何でも良いですが)はもちろん専門家なので、日々進化していますので、一概に時間がかかるとは言い切れない部分があります。

目的のものを素早く作成することを目的とした、ノーコードのようなある意味自動生成的な手法は、ScaffoldやORMなどという手法で昔から一般的ですし、怠惰は美徳とされているエンジニアの世界では省力化は常に正義です。 何か困ったことや面倒なことがあったら、彼らに頼むと魔法のように解決してくれることでしょう(ただし声をかけるタイミングを見計らって下さい・・・)。

ということで、専門家に相談しつつ、目的ごとに手段を最適化して、より良い価値を提供することを念頭において進んでいくのが、ベストな解だと思います。

皆さんのコード・ノーコードライフがより良くなることを祈ってます!

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西島
"沖縄の自宅からリモートワークで参画している根っからのクラウド・コミュニティ大好き人間。
オープンソースとクラフトビールをこよなく愛する。"